カテゴリー「小説-ROOM」の4件の記事

ROOM④-追想-

足音が嫌いだった。いつまでも聞こえてこない足音が。



好きになるということは 待つということ
そんなことを思った時から ワタシは電気を点けて眠ることができなくなっていた。

朝の早い自分にとって、夜の10時はもう「おやすみ」の時間だったのだけど、だけど
安いアパートは階段の音がよく響いて 少し足を引きずるような足音は間違いなく それを
アナタだと確信させてくれたし、ドアを開けたアナタに抱きついて 抱かれることはワタシの
「オヤスミ」の合図だった。


こんなにも誰かを強く求めることがあるなんて・・・・


ワタシはもともと人付き合いの良い子供ではなった。同じ年代、同性の友達と笑顔を交わす
時ですら、その表情はまるで自分の感情とかけ離れているように感じていた。時間は上手に
友情(に見せかけた)の色を薄めてくれたし、一人暮らしを始めても それを寂しいとか思った
ことはなかった。そんな心静かな生活は4年も続いた。



そして、突然にその日はやってきた。

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ROOM③

寒かった。

熱いシャワーを30分も浴びたというのに、震えは止まらなかった。あまりに長い間
シャワーを浴びたため、換気窓から湯気が全て出て行かず 部屋中に立ちこもっている。
その白い湯気さえ雪よりも冷たいもののように感じていた。

まだ鳥肌がたっている肌を2回目のバスタオルで素早くぬぐうと私はまた新しいパンツとシャツ、
そしてトレーナーを身に着けた。

言いようのない不安、それはもしかすると恐怖というものに近かったかもしれない。私はこれ以上
この部屋で過ごすことに耐えられなくなっていた。少なくとも一人で過ごすことは不可能だった。

私はまだ少し濡れている自分のパンプスをひっかけ、この部屋に入るまで来ていた薄手の
ハーフコートを羽織った。それはまだパンプス以上に雨を含んでいたけれども 自分の服を
身につける、ただそれだけで少し安心できた。

私はそのままドアを開け、一つ下の階まで降りていった。下の階には二つのドアがあったが、
その一つのドアの前には小さい子供が乗るような三輪車が置いてあり それは私を
あの部屋に置いてきたアイツとは随分イメージが違う気がした。

私は恐る恐る もう一つのドアをノックした。どちらのドアにもインタホンなど無かったからだ。

  ‘コン コンコン’

なにも返事などなかった。私は不安になり今度は強くそのドアを叩いた。

 ‘ドン! ドンドンドンッ!!’

しばらくするとドアの向こう側でゴソゴソと音がして、そのドアが開いた。
ドアを開けた途端にむわっとするような煙草の臭いが私の鼻についた。ドアの向こうは
薄暗くTVでも見ているのだろうか、点滅するような光が目まぐるしく壁を照らしていた。

出てきたのはアイツではなかった。アイツより多分10くらいは年上だろう、顎鬚を生やし
た随分と背の高い男の人だった。

「あ、あの・・・・こちらに・・・・」

私が全部言い終わらないうちに、その男は部屋の奥に声をかけた。

「おい、お客さんだ。そうだろ?」

そうだろ? は私に向けていった言葉だった。私は(そうです。)と返事をしようとした。
しかし声に出来なかった。その男の人の瞳のせいだったかもしれない。その男の瞳の色
はまるで色素をどこかに置き忘れてきたかのような白に近い灰色だったから。

私が黙っているうちに、その部屋の奥からのそのそとアイツが出てきた。特に迷惑そうな
表情をしていうわけでもなく、ただ その能面のような顔からはなんの感情も読み取ることは
できなかった。

「どうした?」 無表情のままアイツは私に聞いた。

「あの・・・・」

私は言いよどんだ。春とはいえ肌に突き刺さるような雨の中、一晩だけでも暖かいベッドの
中で眠れることは本当に有難いことだった。文句を言えば叩き出されるかもしれないのだ。
しかし、正直なところ 一人であの部屋に一晩過ごすことはどうしても嫌だった。

私はおずおずと口にした。

「あの・・・一人では眠れないの。申し訳ないけど・・・本当に申し訳ないんだけど、あの部屋
 に一緒にいてくれないかな?          駄目・・・・かな?」

アイツはしばらく私の顔を眺めると、一言だけ「分かった。」と言い、そのまま自分の靴を履いた。

「すいませんが、タクさん。戻ります。」
「あぁ。」

それだけの短い会話を男二人で交わすと、アイツは私の横を通り過ぎ、そのまま上に向かう
階段に歩を進めた。私はドアを開けてくれたその男の人に軽く一礼して、アイツの後に続いた。


二人で部屋に戻ると 部屋中に立ちこめていた湯気は殆ど消えていた。ほんの少しの間に
それほど部屋の空気が動いたのだろうか。それでも氷のように冷たく感じていたその蒸気が
部屋から無くなっていたことに私は少し安堵した。

「寝たらいい。俺はここで休むことにする。」

アイツはそう言うと、突き当たりの壁に置いてあるソファに腰を降ろした。私は

「あ・・・ありがとう。」

そう言って またベッドに潜りこんだ。

「あの・・・電気は点けたままでいい?」   
「ああ。」

そう言って、男はソファに身体を横たえ すぐに目を閉じた。私も 肩まで布団を引き寄せると
目を閉じた。

自分の体温でまた 冷たかった布団の中は再度暖かくなってきていた。アイツとこの部屋に
戻ってきてからは鳥肌も消え、きっきみたいな ぞくぞくした寒気も治まっていた。
だけど、私は眠ることが出来なかった。

考えれば 私はもう随分とベッドを一人で使ったことなどなかった。一人用とはいえ、その
大きさは私には広すぎた。私は身体をソファのほうに少し横向けた。



「ねぇ、こっちにこない?」

アイツの目が開いて こっちを向いた。

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ROOM②

独りだったもの
独りだったもの
これまでだって
これからだって
それで平気
心を開かなくても
誰とだって付き合ってこれたよ
誰とだって肌を合わせてこれたよ
生きてこれたよ・・・・・・

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立ち上がったノートブックの画面の背景は綺麗な熱帯魚の写真。そして画面の中はよく
使われているブラウザのショートカットが貼り付けてある。
ブラウザをダブルクリックする。開かれた画面にはパスワードを求める小さな窓。
駄目だ、これじゃネットもフリーメールも使えない。

私は諦めて画面を閉じようとした。と、あれ? 画面の右隅に小さな小さなフォルダがある。
フォルダ名は「MISA」。私はドキリとした。偶然?それは私の名前だった。「美沙」ならまん
ま自分と同じということになる。

私はドキドキしてそのフォルダを開いた。いけないことは分かっていた。でもどうしても
気になって・・・・ 開けたそのフォルダの中には3つだけのJPEGデータ。
その少なさになんとなく驚きもしたけど そのうちの1つをクリックする。

カチカチ

それはやはり写真のデータで、そこに写るオンナノコは私・・・・・ではなかった。
髪の長い なんだか透明な笑顔の女の子。隣には私をこの部屋に連れてきたアイツが
嬉しそうに笑ってその子を見下ろしている。バックにはきらきら光る海とウィンドサーフィン
の影が映ってる。

アイツの彼女・・・だろうな。って彼女いるのに私を部屋に連れてきてどうすんのよ!
少し腹ただしくなりながら、2枚目の写真を開いてみる。
2枚目の写真は彼女のみ。どうやらどこかの部屋で撮ったようだ。ピンクのカーディガン
を羽織った彼女の笑顔は1枚目より透明度が増しているように感じた。

3枚目。そこには人は映っていなかった。砂浜。1枚目と同じ場所だろうか?ただ時間は
夜で 満月の光が一直線に海面に道を描いている。

私はその写真のプロパティを見てみた。2年前の9月。その他に写真がないということは
もうこの子とは終わったということかな。と、したらもう2年も経っているというのに女々しい奴。

ふん。
小さく一息鼻息をつくと、そのノートブックの電源を落とした。もう寝よう。
ひとつ伸びをして、私はゴソゴソとベッドに潜り込んだ。柔らかいベッド、いつ以来だろう。
友達の部屋ではソファーを貸してもらっていたし、大きなベッドで眠るときは独りだけど
一人じゃなかったから。

部屋の電気を消して目を閉じる。外はまだ雨がきつくなってきたようで、換気窓にあたる
雨音が大きく感じる。時折、ジャーーッと地面の水を切り裂くタイヤの音が響いて・・・・

布団の中で体が熱くなってくるのを感じる。これは眠りに落ちる前兆。繭に包まれた蛹のように
私は掛け布団を自分の身体に巻きつけて、意識を沈めていった。


ザーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーザーーーーーーーーーーーー

ここは・・・夢の中?それとも頭が起きかけているのだろうか?外からの雨の音がこんな
にはっきりと聞こえるなんて。

ザ・ザザーー   ザ・ザザァーー ザン  ザザーー ザ・ザザ・ザン・・-・・・・ザンーー

違う。雨の音じゃない。これは・・・・波の音だ。私は目を開ける、と そこには海が広がって
いて空には満月。そして私が着ているのはパジャマ代わりの薄汚いジャージじゃなくて
これは・・・1枚目の彼女が着ていた白いワンピース!?

海面に描かれた光る1本の道、それは波で濡らされた砂浜にも続いていて 私はその道に
引きずられるように海に向かって歩いていく。
波の音はさらに大きくなり、まるで耳の中に海があるかのように響いてきていた。

濡れた砂浜に私の足が触れる。冷たい。そこで初めて私は自分が裸足であることに気がついた。
寄せてくる波が私のくるぶしまで来て、それでも私は気にも留めず月の光に導かれて
海の中に入っていこうとする。

ちょっと!やめてよ!引き返してったら!頭の中で私は大声で叫ぶ。何度も何度も。

それでも私の身体はそのまま進み、水はいよいよ腰のところまで来ていた。
それなのに・・・それなのに私ったら、私の顔は・・・・笑っていたのだ!まるでこの時が
来るのを待っていたかのように恍惚とした笑顔を浮かべていて・・・


私は目を開けた。これは現実に。自分の身体で温められた布団の温度とは裏腹に私は
全身に冷や汗をかいていた。シャワーを浴びて着替えたはずのシャツもパンツもぐっしょり
濡れていて、自分はもう一度着替えるためにベッドから起き上がった。

全ての下着を脱ぎ終わったときに そこから潮の香りがしたような気がしたけど・・・・
まさかね。


そして私は今日2度目のシャワーを浴びた。肌にはまだ鳥肌が残っていたから。

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ROOM①

「ほら、ここが今からお前の部屋だ。」

変った部屋だった。白黒のチェックの床にコンクリートがうちっぱなしになった壁。
いつのものか分からないポスター。あ、あれはライブハウスのポスターだ。
一度行ったことがある。

「この部屋のものは何でも好きに使ったらいい。俺は1階下の部屋にいる。
なんか会ったら・・・電話はないからな。悪いがドアをノックでもしてくれ。
気がつけば出てやるよ。」

どうして? と私は尋ねた。 雨の中 店の軒先で雨宿りしていた私についてこいと言い
それ以外は何も喋らず、何も聞かずに。ついてきてしまった私も私だけど。
どうして私に声をかけたの?

彼は無表情に「・・・お前だからだ。」と聞き取れないほど小さな声で呟く。
何?最初のほう 聞き取れなかったよ。

私がそう言っても 彼はもう何も喋ってはくれなかった。そのまま背を向けて扉のほうに
向かう。 バタン。 音を立ててドアは閉まった。
私はもう一度部屋を見渡す。部屋の真ん中には大きなグランドピアノ。ゴシック調の
ラブソファーにベッド。本棚には見たことのないような本がぎっしり並んでいる。

ぶるん。私は背筋を振るわせた。何故だろう、不思議だけど生活感のない部屋。
塵一つ落ちていないけど、そのことが私を余計に不安にさせた。
寒さを感じているのは服が雨に濡れているだけのせいじゃない。だけど このまま
濡れ鼠のままいたら風邪を引いてしまう。

ドアの右横には映画でしか見たことのないような猫足のバスタブがあった。部屋の隅
とはいえ同じ空間にこんなものがあるのも変だった。仕切りは白いついたてで
それも隙間だらけで向こうが見えてしまう。

どうやら この部屋はだれかと過ごすことを想定してつくられた部屋じゃない。独りで
ただ独りきりで時間を過ごすための部屋だ。

ぶるぶるっ。さっきより大きな震えが私の体を走る。いけない、いけない。このままじゃ
本当に風邪を引いてしまう。

私は部屋の鍵を閉めると 素早く着ているものを脱いだ。そしてそれをついたての横に
ある帽子掛けのようなものにひっかけるとバスタブについているシャワーの栓をひねった。
最初は冷たい水だったけれど、それはすぐに火傷するような熱湯に変り 慌てて私は
水の栓をひねった。白い湯気は部屋の上のほうについている通気窓から外へ逃げ出していく。

少し熱めのお湯を30分も浴びただろうか。人心地ついた私はついたてに掛けてあった
真白なバスタオルで髪と体を丹念に拭いた。そういえばシャワーを浴びたのは3日前、
さすがに居づらくなった友達の部屋を出て以来だった。

ふぅ。 ビシャビシャの服をさすがにもう一度着る気にはなれない。私は素っ裸のまま
何か着るものはないかと部屋を物色した。クローゼットやタンスのようなものはこの部屋
に見つからなかった。あるのは書類などをいれておくような無機質な黒いシェルフだけ。
他には収納と呼べるような物は何もない。

私は半分諦め気分でそのシェルフの引き出しを開けた。あった。男物だがVネックの
シャツにボクサーパンツ。これなら私も着れそうだ。でもこれだけじゃ寒い。
シェルフの大きいほうの扉を開けてみると少しだけくたびれた感じの茶色のジャージが
見つかった。ボクサーパンツは私のお尻にはすこしきつかったけれど なんとかはいて
後は素早くシャツとジャージを身につけた。

部屋にスリッパはなかったけれど、素足の下が暖かいことにその時初めて気がついた。
どうやら床暖房になっているらしい。どおりでこの部屋には暖房機器がない筈だ。
ふん、リッチなこと。

少しムッとして鼻に皺をつくったあと 私はベットの横にある小さい冷蔵庫から冷えた小振りの
スパークリングワインを取り出し栓を抜いた。冷蔵庫の上には2つだけシャンペングラスが
綺麗に磨かれて四角いお盆の上に伏せてあった。その一つに小気味よい音をたて薄い
金色の液体を注ぎ込む。パチパチという音とともに少し甘い香りが私の鼻に届いた。

グラスに一口つけて私は部屋の壁に設置してあるジュークボックスに近づいた。
ふん、これも格好付けのファッションね。機械に表示されてる曲はどれも英語で書かれて
いて 私の知らない曲ばかりだった。あ、一つだけ知ってる曲があった。
「Singing in the rain」 中学生の時に音楽の先生が掛けてくれた曲だ。古い映画の曲
だった筈。ということは このジュークボックスには古い曲しか入ってないのかしら。

ジュークボックスの横には小さいバーカウンター。どうやら彼はそれを机代わりに使って
いるらしい。何故か少女趣味な本立て。開かれたまま電源を切られたノートブックが
その横にあった。

インターネットが使えれば、友達にメールができるかもしれない。私の携帯はとっくに
バッテリーが切れていたし、私は少し後ろめたい気持ちになりながら電源のスイッチを
押した。

ヴゥン。画面が私の顔を照らした。

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